
私が子どもだった頃、農家である父は、土日祝日も休みなく、早朝から夜中まで働き詰めでした。私も幼い頃から父の手伝いをして過ごしていました。寝泊りの農業の使用人の方も居ましたが、給料が上がり使えなくなりました。米を1.6haくらい耕作していても、自分たちは麦飯とくず米しか食べられませんでした。
私は長男で跡取り息子ですが、小学校低学年から、そのような農業で跡継ぎをするのは嫌だと思っていました。
中学1年生の時に、東京の方から何か工場を持ってきたいと思うようになりました。その後、従兄妹が東京の方からスリッパの仕事を持ってくることになり、勉強のつもりで初代工場長をしたのがきっかけです。